「カーブ」です。
ここ数日これと云うほどの風も吹かない無風のような穏やかな日々が続いています。
「雨水」もとうに過ぎて、今まで降っていた雪が徐々に雨にかわり、それと同時に厚く張っていた氷が解け始めてくる時期になりました。
山々や山里の雪も解け始め、風の冷たさもさほど感じなくなって、春がもうそこまでやって来ているというのに……。
トリノオリンピックでは女子フィギュアの荒川静香さんが素晴らしい演技で世界一の金メダルだというのに……。
今日、クニーさんは心痛み、悲しい「告別式」に参列してきました。
思いがけなく晴天の霹靂の如く、悲報を耳にしたのは先日20日の午前中でした。一瞬耳を疑い信じられなかったようです。
亡くなったのはクニーさんの地域の後輩で、まだ37歳と云う若さです。もちろん奥さんもいます。子供もいます。小学4年生の娘さんと小学1年生の息子さんです。それなのに何故…?
事故でもありません。病気でもありません。他人から害を加えられたという事でもありません。
どうして? 何故? 人間は自ら自分の命を絶つのでしょうか?
これから一生守らなければならない奥さんや子供達の事を考える余裕はなかったのでしょうか?
クニーさんはその後輩の彼と1週間ほど前に、あるボランティア団体の会合で一緒にお酒を酌み交わしたばかりでした。それだけに無念であり、残念でたまらないようです。
この世の苦しみは誰にでもあり、恐らく誰もが一度はその苦しみから逃れたいと思った事があることでしょう。
が、しかし、本人がその苦しみから逃れたとしても、それ以上の苦しみや悲しみが残された家族に架けられてしまいます。
残された家族、奥さんと子供達、そして父親、母親の心の内を考えると…… これから生涯心の傷を背負って生きていかなければならない事でしょう。
その事を考えると、神様というのはその彼に対し、そして彼の家族に対し、何と言う惨い仕打ちをするのだろうと恨めしく思ってしまいます。
クニーさんもそうだし、地域のボランティアに携わっていた仲間達は、未だに彼がこの世にいない現実を現実として受け止められないでいるようです。
彼に関わってきた誰もが、今は亡き彼に対してこれからの日々を…
「何故?」「どうして?」と問いながら生きて行く事になります。
ぶっちゃけ、本当に 『 何故 ? 』 『 何故 ? 』
< こかぶのカーブ >
はしだくまお お久しぶりの更新で「おっ!」と読まさせて頂きましたら…。背筋がゾッとしました。そして、書いている文章に深い共感を致しました。
誠に恥ずかしい話しながら、私の亡き母の弟が当時50才位だったと思いますが、同じく自ら命を絶って他界しました。原因はその嫁にあったのですが、残された3人の子供(従兄弟)のその後の苦労は今でも連絡を取りながら、その度に大変さをいつも感じていました。私の場合はその要因が分かっていたので、葬儀の日、母親が姉の立場で物凄い迷惑を周囲に掛けたのを平謝りに謝っていたのを見て、その嫁をかなり恨めしく思いました。
自分の命を自ら絶つという行為は、私にはとても理解できない範疇であるし、もちろん、その当事者としても第三者には理解してもらえない領域なんでしょう。本当に「何故?」と。
私的にいつもこういう記事とか読むと、「死ぬ勇気があるくらいならもっと他に何でもできる!」と思うのですが、そこまで考えられない追い詰められた状態だからそうした行為に及んでしまうのでしょうか…。
授かった命は今の軽薄な時代にはもっともっと尊く天命全うするまで大切に活かして欲しいと強く思います。
クニーさんの後輩の方のご家族もこれから大変だと思いますが、力強く生き抜いて欲しいと切に願います。
nasukabu はしださんもそんなにも身近におられましたか…。切なく、やるせない気持ちでいっぱいです。
「誰も恨むな!当の本人ももちろん、その周りの人々も…」と自分で自分に言い聞かせています。
ellie なんだか、よくある話のような気がしちゃって、感覚が麻痺しますね。あ、ここでも起きちゃったのかなって、残念だな、辛いなって・・・
クニーさんの心の痛み、本当に本当に解るから私も心が痛みます。
本当にどうしてなんだろう。
だけど、残された人の心の痛みが解る人は、自ら命を絶つ事は決してできなくなるはずです。だから私もクニーさんも、どんな事があってもその選択はしなくなったはず。私はそれだけでも得たものがあったと思ってがんばっています。
ellieさんへ
nasukabu 実を言うと、私の住んでいる地区(町内会)で昨年の春から今回を含めると、同じような形態で亡くなっている方が4件目で4人もいるんです。
ellieさんの言うように、本当になんだか日常茶飯事みたいによくある話になりつつあるのは、とっても残念で…これでいいのかなぁ〜と考えてしまいます。
誠に恥ずかしい話しながら、私の亡き母の弟が当時50才位だったと思いますが、同じく自ら命を絶って他界しました。原因はその嫁にあったのですが、残された3人の子供(従兄弟)のその後の苦労は今でも連絡を取りながら、その度に大変さをいつも感じていました。私の場合はその要因が分かっていたので、葬儀の日、母親が姉の立場で物凄い迷惑を周囲に掛けたのを平謝りに謝っていたのを見て、その嫁をかなり恨めしく思いました。
自分の命を自ら絶つという行為は、私にはとても理解できない範疇であるし、もちろん、その当事者としても第三者には理解してもらえない領域なんでしょう。本当に「何故?」と。
私的にいつもこういう記事とか読むと、「死ぬ勇気があるくらいならもっと他に何でもできる!」と思うのですが、そこまで考えられない追い詰められた状態だからそうした行為に及んでしまうのでしょうか…。
授かった命は今の軽薄な時代にはもっともっと尊く天命全うするまで大切に活かして欲しいと強く思います。
クニーさんの後輩の方のご家族もこれから大変だと思いますが、力強く生き抜いて欲しいと切に願います。
「誰も恨むな!当の本人ももちろん、その周りの人々も…」と自分で自分に言い聞かせています。
クニーさんの心の痛み、本当に本当に解るから私も心が痛みます。
本当にどうしてなんだろう。
だけど、残された人の心の痛みが解る人は、自ら命を絶つ事は決してできなくなるはずです。だから私もクニーさんも、どんな事があってもその選択はしなくなったはず。私はそれだけでも得たものがあったと思ってがんばっています。
ellieさんの言うように、本当になんだか日常茶飯事みたいによくある話になりつつあるのは、とっても残念で…これでいいのかなぁ〜と考えてしまいます。

